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リトアニアってどんな国?杉原千畝の街カウナスと、バルト三国で一番独自の歴史

最終更新: 2026-09-27 / 文・写真: TheYutake(ゆーたけ)

リトアニアといえば、正直なところ何も思い浮かばない国でした。ところが実際に行ってみると、中世にはヨーロッパで大きな力を持った独自の歴史があり、第2の都市カウナスには杉原千畝の記念館がありました。今回の記事では、リトアニアがどんな国なのか、何があるのか、そして日本とのつながりなどを、実体験とまじえて紹介していきたいと思います。

リトアニアの基礎データ

首都ビリニュス
人口約289万人(World Bank Open Data(SP.POP.TOTL)・2025)
面積約6.5万㎢(日本のおよそ6分の1)(World Bank Open Data(AG.SRF.TOTL.K2)・2023)
言語リトアニア語
世界遺産ビリニュス歴史地区/ケルナヴェ古代遺跡/モダニズム都市カウナス(世界遺産一覧 yu-take.com・2026)

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リトアニアはどんな国?街中で見かけたウクライナへの支持

リトアニアは、バルト三国の中でも特にロシアへの警戒が強い国だと感じました。

首都ビリニュスに着いて最初に感じたのは、ウクライナへの支持の強さでした。街中にウクライナの国旗がたくさん掲げられ、バスの表示にもウクライナを支持する言葉が出ていました。

リトアニアの人口は約289万人で、バルト三国の中で一番多い国です[1]。

ビリニュスは、バルト三国の首都の中で唯一、海に面していない内陸の街です。

通貨はユーロで、導入からまだ10年ほどだそうです。言葉はリトアニア語で、ラトビア語ともまったく違う、独特な文字を使います。

リトアニアは何が有名?最後までキリスト教を受け入れなかった大公国の歴史

リトアニアは、中世にヨーロッパで大きな力を持ったリトアニア大公国の国です。

ビリニュスの歴史地区を回ると、ほかのバルトの国では見なかったリトアニア大公国時代の紋章を、旗や盾の形でよく見かけました。

リトアニアは15世紀ごろまでヨーロッパの中でも相当力が強く、最後までキリスト教に改宗しなかった歴史があるそうです。エストニアやラトビアが早くからドイツ騎士団に攻め込まれたのに対して、リトアニアは最後まで独自の国として残り続けました。

そのため、リトアニア人としてのアイデンティティがとても強い国です。

宮殿を再建した博物館の展示は膨大で、ヨーロッパの歴史はある程度分かるようになってきた私でも、リトアニアの歴史は独自すぎて分かりませんでした。日本で言えば、琉球王国の歴史を見ているような感覚です。

ビリニュスの歴史地区は、新石器時代から人が住んでいた氷河期の丘から始まり、1000年ごろにはゲディミナスの丘に木の城が築かれました[3]。丘の上の塔からは、街を一望できました。

全面がレンガ造りのゴシック様式の聖アンナ教会には、ナポレオンが手のひらに載せて持ち帰りたいと言ったという逸話が残っています。

全面が赤レンガで造られた、尖塔の多いゴシック様式の教会
聖アンナ教会。ナポレオンが持ち帰りたいと言ったという逸話が残る(ビリニュス・2025年5月)
緑の丘の上に立つ八角形の赤レンガの塔。塔の上にリトアニアの国旗
ゲディミナスの塔。丘の上から街を一望できる(ビリニュス・2025年5月)
ガラス張りの館内で、床下の遺構を通路から見下ろせる展示
宮殿博物館。展示が膨大で、歴史が独自すぎた(ビリニュス・2025年5月)

ケルナヴェ遺跡はどんな場所?丘が連なる、1万年前からの暮らしの跡

ケルナヴェは、約1万年にわたる人の暮らしの跡が残る、丘の世界遺産です。

ケルナヴェへは、小さな町からさらにバスで1時間ほどかかりました。久しぶりに現金しか使えないバスで、リトアニアはまだキャッシュレス化が少し遅れていると感じました。

ケルナヴェはネリス川の谷にあり、約1万年にわたる人の定住の跡が残っています[4]。

丘が4つか5つほど連なっていて、景色がとてもよかったです。丘は、敵の侵入を防ぐ砦や見張りにも使われていたそうです。

野外博物館には、昔の家を再現した建物がありました。佐賀県の吉野ヶ里遺跡と比べると、日本の竪穴住居や高床式倉庫より、寒さに備えて密閉することを意識した造りに見えました。

考古学博物館は展示の量が多く、照明の見せ方も上手で、地元の小学生が学習に来ていました。

草に覆われた丘がいくつも連なり、手前に案内板が立っている
ケルナヴェの丘。砦や見張りにも使われた(2025年5月)

杉原千畝記念館はどこにある?カウナスで出会った日本人ツアー客

杉原千畝が「命のビザ」を発給したのは、リトアニアのカウナスでした。

第2の都市カウナスには、杉原千畝の記念館があります。

杉原千畝は、在カウナス領事館に勤めていた副領事で、ポーランドなどから逃れてきたユダヤ系の避難民に、日本通過ビザ「命のビザ」を発給しました[5]。

第二次世界大戦のとき、ヨーロッパのどこも通れなくなった人たちが、ロシアを渡り、日本を経由してアメリカなどへ逃れるためのビザでした。政府の許可がないまま、人道的な思いで発給したそうです。

それがリトアニアのカウナスだったことは、日本では意外と知られていないかもしれません。

記念館では、バルト三国で初めて日本人のツアー客に会いました。ヘルシンキから始まるバルト三国のツアーで、定年退職したと思われる方々ばかりでした。1人旅をしていると話すと「学生さん?」と言われました。

日本の国旗が立つ古い木の机。緑の天板の上に書類と卓上ランプ
杉原千畝記念館の執務机(カウナス・2025年5月)

カウナスには何がある?1919年からの20年で建った「楽観主義」の建築

カウナスには、1919年から1939年までに建てられたモダニズム建築が集まっています。

カウナスは、首都ビリニュスから電車で1時間半ほどです。電車はとてもきれいでした。一時期はリトアニアの首都だったこともある街です。

世界遺産の名前は「モダニズム都市カウナス:楽観主義の建築、1919-1939」で、この期間に急速に発展した街の建物が評価されています[6]。

第一次世界大戦のあとに独立したリトアニアが、将来に前向きに街づくりを進め、シンプルで機能的な建物を建てたことから、楽観主義の建築と呼ばれているそうです。

ラトビアのリガで見たアール・ヌーヴォーの装飾が、過剰だと考えられるようになった時代に、もっと合理的に建てようという流れで生まれたのがモダニズムです。中央銀行や郵便局も、その代表的な建物でした。

1930年代に作られたケーブルカーが今も動いていて、片道1分ほどでした。私は階段で登りましたが、ケーブルカーとほぼ同じ速さでした。

住むとしたら、首都のビリニュスよりカウナスのほうが過ごしやすそうだと思いました。

白とオレンジの2階建ての電車がホームに停まっている
ビリニュスからカウナスへの電車。とてもきれいだった(2025年5月)
曲面の窓が並ぶ、クリーム色のシンプルな建物。壁に緑の模様
モダニズム建築の代表とされる郵便局(カウナス・2025年5月)

リトアニア料理は何を食べる?IKEAで食べたツェペリナイと、とげとげのお菓子

リトアニアの代表的な料理は、じゃがいもとビーツを使ったものでした。

リトアニアの代表的な料理のうち2つを、まさかのIKEAで食べました。

シャルティバルシュチェイは、ビーツの冷たいスープで、ヨーグルトと合わせてあって少し酸っぱい味です。ツェペリナイは、中にひき肉が入ったじゃがいもの料理で、ベーコンとチーズが添えられていて、とてもおいしかったです。

スーパーで買えるキビナイは、生地の中に刻んだ野菜や肉が詰まったパイです。餃子のような見た目ですが、サクサクしていました。

カウナスでは、伝統菓子のシャコティスを手に入れました。バウムクーヘンのようなお菓子で、とげとげした形が特徴です。味は日本のたまごボーロのようで、素朴でおいしかったです。

回転する棒に生地をかけながら、とげとげしたお菓子を焼いている女性
シャコティスを焼いているところ(カウナス・2025年5月)

リトアニアと日本との比較

リトアニアと日本は、1人の日本人外交官の記憶でつながっています。

日本とリトアニアの関係は、戦前から続いています。日本は1939年に、当時の暫定首都カウナスに領事館を開き、そこに勤めていたのが杉原千畝でした[5]。

杉原千畝の生誕100周年の2001年には、ビリニュスとカウナスで桜の記念植樹が行われ、ビリニュスには「杉原千畝桜公園」があります[5]。

カウナスは、岐阜県の八百津町と神奈川県の平塚市の姉妹都市です[5]。

一方で、リトアニアの独自の歴史は、日本で言えば琉球王国のようなもので、日本人はもちろん、ヨーロッパの人でもあまり知らないのではと思います。

ケルナヴェの遺跡で吉野ヶ里遺跡を思い出したように、遠い国でも、昔の暮らしの跡には日本との共通点と違いの両方がありました。

リトアニアを旅するゲーム

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リトアニアに関する、よくあるギモン

Q. リトアニアの首都は?
首都はビリニュスです。バルト三国の首都の中で唯一、海に面していない内陸の街です。第2の都市カウナスは、一時期リトアニアの暫定首都だったこともあります。
Q. 杉原千畝記念館はどこ?
第2の都市カウナスにあります。首都ビリニュスからは電車で1時間半ほどでした。私が訪れたときは、日本人のツアー客も来ていました。
Q. リトアニアの通貨は?
ユーロです。ただ、ケルナヴェ行きのバスは現金しか使えなかったので、郊外に行くなら少し現金を持っておかなければ、バスに乗れないことになってしまいます。
Q. リトアニア料理は何を食べる?
ひき肉の入ったじゃがいもの料理ツェペリナイ、ビーツの冷たいスープのシャルティバルシュチェイ、具を詰めたパイのキビナイが代表的です。伝統菓子のシャコティスは、たまごボーロのような素朴な味でした。

参考文献・出典

  1. [1] World Bank(2025)「Population, total - Lithuania」World Bank Open Data https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL?locations=LT
  2. [2] World Bank(2023)「Surface area (sq. km) - Lithuania」World Bank Open Data https://data.worldbank.org/indicator/AG.SRF.TOTL.K2?locations=LT
  3. [3] UNESCO World Heritage Centre(2026)「Vilnius Historic Centre」UNESCO https://whc.unesco.org/en/list/541/
  4. [4] UNESCO World Heritage Centre(2026)「Kernavė Archaeological Site (Cultural Reserve of Kernavė)」UNESCO https://whc.unesco.org/en/list/1137/
  5. [5] 外務省(2026)「リトアニア共和国 基礎データ」外務省 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/lithuania/data.html
  6. [6] UNESCO World Heritage Centre(2026)「Modernist Kaunas: Architecture of Optimism, 1919-1939」UNESCO https://whc.unesco.org/en/list/1661/
  7. [7] TheYutake(2025)「【🇱🇹リトアニア】バルト三国の世界遺産ぜんぶ行く 首都ビリニュス〜杉原千畝記念館カウナスまで【世界遺産ひとり旅】vlog」YouTube https://www.youtube.com/watch?v=FgFMBQqwqBc